大連紀行

2005/06/24(金) みんなで記念撮影
  持参したデジカメがどうしたことか昨夕すでに電池切れになってしまった。大連のホテルで充電したことで安心していたのだが。充電器はともかくとして、予備のバッテリーもホテルに置いてきてしまったので、一瞬目の前が真っ暗になった。するとすかさず穎美がこれを使いましょう、と家にあったフイルム式のオリンパス・カメラを持ってきたではないか。だから日付の入らない写真はすべて大連に戻ってから焼き付けた写真をさらにデジカメで撮ったもの。少し色が暗いのはそのせいである。
 さて翌朝、近所に住む母方の若い叔母さんや親戚の小さな子を交えて、裏山をバックに記念撮影をすることになった。あとから気が付いたのだが、穎美の弟の写真は今回一枚も撮らなかったことになる。もちろんこの集合写真を撮ったのも弟である。口数は少なく控えめな性格の弟だが、父親譲りの体格をしたいい男なのに紹介できなくて残念。
玄関前で
  妻と穎美のお母さんが手をつなぎ、それを背後から穎美が支えている。穎美らしい心憎いまでの演出(?)である。この家でも頻繁に便所に立つ妻を、その度ににこやかに面倒を見、疲れがとれますよ、と言って、裏山から引いた冷たい水で妻の体を拭いてくれた穎美の優しい心遣い(結局身内自慢になるのでこの話はここまで)。
 朝食は外でとった。すがすがしい朝の大気の中に並べられた御馳走はさらに美味だった。特別な朝なので中国酒かビールを飲もうということになったが、すがすがしい朝にはビールがふさわしい。朝のビール、生まれて初めて飲んだが、なんと美味しかったことか。
瀋陽北から大連まで
 ひときわ大きなお父さんを中心に、みなが車が見えなくなるまで手を振っていた。帰りは大連に帰る弟を乗せ、運転手は昨日と同じ親戚のおじさん。途中空模様がおかしくなって、瀋陽に近づくころには雨が降り出した。でも下手に天気が良いとみんな車を吹っ飛ばすので、雨の方が注意深い運転でこちらとしては歓迎したい。それでも瀋陽北駅につく頃には晴れ上がって、駅構内は昨日同様の雑踏である。駅前の食堂で美味しい餃子を食べたあと、車両の違う弟と別れる。
 どういう仕組みか、駅員と同じ制服をきた二人の男が車両の真ん中へんで、何かの宣伝を始めた。ちょっとした釘に引っ掛けてもこれこの通り穴も開きません、といった口上らしい。穎美が「パパ買ってみましょう」と色違い三組の靴下が入った小さなビニール袋を注文した。そう言えば往きの電車でも、紐の上でもどこでも唸りを上げて回る独楽を記念だからと妻に買ってくれた。駅の構内では弟が側に寄ってきた物貰いの老婆に小銭を恵んでやった。けっして余裕のある生活をしているはずもない姉弟が、ごく自然に貧しい人に温かな対応をすることに感心した。外国人の目の前で、このように同国人に対して温かな対応をすることは、なかなかできるものではない。
 午後1時に瀋陽を出た電車は、予定通りまた大連の町にわれわれを連れ帰ってくれた。36枚撮りのフイルムを使い切ってホテル近くのDPEに頼むというので、駅前で写真を撮ることにした。幸い2枚ほどで巻き上げが始まった
最後の夜
 今度の部屋は前回泊まった部屋のちょうど真下らしい。少し休んでから夕食のため街に出た。中国料理ならなんでも食べると言ったが、でもいちばん食べたいものは、と言われ、つい「北京ダック」と言ってしまった。じゃよくは知らないけど探してみましょう、と街に出たのである。タクシー運転手にも聞いて、ちょっと大きなレストランに着いた。確かに美味しかったが、三人とも旅の疲れから、というより本当は明日また別れ別れになることを考えて、元気が出なかった。
 帰途、先ほど頼んでいた写真を受けとり、ホテルに帰ってパジャマ姿でお茶を飲みながら最後の夜を過すことにした。ちなみに妻が着ているのは、穎美が今度のために買っててくれたパジャマである。
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