佐々木孝 評論集

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胸を打つ人間ドキュメント

『さらばスぺイン』
     『月下の大墓地』批評と紹介

 一九三六年から一九三九年にわたるスぺイン戦争には、世界各国から多くの知識人が参加した。参加しないまでも、この戦争に多大の関心と期待を寄せた。思えば皮肉なものでヨーロッパの一後進国にすぎないスぺインが、人間の自由・尊厳の死守すべき堡塁(ほうるい)、ファシズムに対する自由人の果敢な抵抗のシンボルとなったのである。
 しかし結果は反乱軍(多くの保留をつけ加えたうえで一応ファシスト勢力)の勝利に終わり、したがって先の知識人たちが書き残したものが、彼らのシンボルの無残な崩壊、彼らの夢を託した戦争がついに聖戦ではありえなかったことへの苦い思いに貫かれているのも当然であろう。というより、それは自分たちが加担した人民戦線内部に早くも露呈したみにくい党派争い、武器を取る者と取らざる者とのあいだに厳然と存在する距離感、「自分たちの側にいない者はすべて敵」式の強迫観念じみた猜疑と憎悪を目撃しての苦い幻滅感であり、彼らの書き残した人間ドキュメントがわれわれの胸を打つのも、その彼らの幻滅の深さに正比例しているように思われる。
 一九三七年の春から秋にかけて、スぺイン戦争のドキュメンタリー映画製作に協力するためにスぺイン(もちろん人民戦線側の)におもむいたドス・パソスの『さらばスぺイン』もまた、このような系列に入る作品といえる。ただ従来のものに比べて違いがあるとすれば、彼のスぺイン戦争へのかかわり方が報道関係者という枠の中で行われたことで、このことは多くの戦争ルポの例にもれず、結局彼にとってこの戦争が「他人事」にとどまったことを示す。たとえば彼は最終章で次のように書いている。「大西洋はすばらしく広大な海である。一九三七年、ヨーロッパからひとりのアメリカ人がしあわせな気持でかえってくる。それは息苦しい地下室から陽光のなかへでてきたときの安堵……すくなくとも私たちには、まだ選択の余地はのこされている」。ここまでくると、それはいつわりない実感かもしれないが、はたして彼が苦しむスぺイン民衆の心にどこまで肉薄していたのか、はなはだ疑問に思えてくる。
  べルナノスのスぺイン戦争へのかかわり方は、これとはまったくといって良いほど対照的である。彼は一九三三年、逼迫した家計をなんとかたて直す意味で、生活費の安いマジョルカ島に移住し、そこで内戦をいわば一生活者として内部から体験する。さらに、ドス・パソスのみならず、従来紹介されてきた文学者が例外なく人民戦線側からスぺインを見ているのに対して、べルナノスはそれを反乱軍の側から見ているという根本的な相違がある。これは単に、彼の滞在していたマジョルカ島が反乱軍の支配下にあったという偶然によるものばかりでなく、彼が熱烈なカトリツクであり、それも若いときから過激な王党派として知られ、その当時は袂を分かってはいたが右翼的な「アクシオン・フランセーズ」にも関係していたという来歴からくる相違でもある。
 現在までフランコ政権下にとどまったスぺイン知識人(何を指して知識人と呼ぶかは問わないとしでも)がスぺイン戦争に関しては堅く口を閉ざしていることを考えるならば、一外国人とはいえ(べルナノスの先祖はスぺイン人らしいが)、歯に衣を着せない内部からの激しい右翼批判は貴重な発言といわなければならない。もちろん右翼側からスぺイン戦争を見ているといっても、彼が右翼に「属している」というわけではけっしてない。人民戦線側のCNT(労働国民連合)の部隊に加わったことのあるシモーヌ・ヴェーユがこの本を読んで感激し、「スぺインについてあらゆる種類の考察を耳にするにつけ、読むにつけ、私の知るかぎりでは、スぺイン戦争の雰囲気のなかに浸り、しかもそれにおかされなかった人といえば、あなた以外にその名をあげることができません」と書き送っていることからも、それがうかがえよう。
 先にべルナノスは内部から戦争を見ていると書いたが、それを言い換えれば民衆の側から、民衆の一員として見ているということである。「民衆には右翼も左翼もなく、民衆は一つしかない」「わたしは国民的人間ではない」。彼はいわば民衆の目、赤裸な子供の目で戦争の内実を見つめ、そしてそこに戦争ばかりでなく現代の諸悪のかくれた張本人たる良俗派、すなわち「己れの存立基盤の秩序のみを追求する人々」のみにくさを認め、それを激しく糾弾する。
 本書がスペイン戦争のドキュメントとしての価値ばかりでなく、現代のわれわれにとっても貴重な警鐘の書たりうるのもそのためである。
訳者による注、解説が実に懇切丁寧であることもぜひ申し添えておきたい。


(「朝日ジャーナル」、一九七三年七月二十七日号)

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