佐々木孝 評論集

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われわれにとって
       スペインとは何か

  かなりの難産ではあったが、この三月にようやく「ウナムーノ著作集」全五巻(法政大学出版局)が完結する。これで五年前に完結した「オルテガ著作集」全八巻(白水社)と合わせて現代スぺイン思想界の双璧をなす二巨人の代表作が翻訳紹介されたことになる。しかしこれがあくまで第一段階にすぎないことは、五年前に代表作のほとんどすべての紹介が終わったオルテガの思想が、その後わが国の知的風土に着実に根を下ろしたとは決して言えないという事実からも推察できる。根を下ろさなかったことの原因は、大きく分けて二つあると思われる。第一の原因は、内在的とも言うべきもの、すなわちオルテガの思想あるいは広くスぺイン思想そのものがもつ特殊性、難解性であり、第二は外在的な原因すなわち紹介者、翻訳者を含めたスぺイン思想研究者の怠慢、追跡研究の不足である。前者に関しては後に少しく触れるとして、後者に関してはさらにスぺイン思想研究者の絶対数不足という事情が加わる。したがって、翻訳されたものをわが国の知的風土という文脈の中に適切に組みこむ作業、つまりねれわれに共通する知的関心という文脈の中に適切な場所を見つけるという作業がおろそかになる。翻訳者の力量不足という事実ももちろんあるが、共鳴音を発すべき媒介者に恵まれないという事情のあることも否定できない。
  それはともかくとして、スペイン思想あるいはもっと広く言ってスぺイン文化に対する全体的な展望、またそれがヨーロッパ思想あるいはヨーロッパ文化前提の中で占める位置についの理論的究明がなされないうちに、二人か三人かの際立った思想家の著作集をもくろむこと自体が性急だとの批判もありうるし、事実私自身もそうした苦言を直接耳にしている。これは至極もっともな批判であり、当事者の末端に連なる一人として返す言葉もない。なにせ闇雲に、手さぐりで進んできたというのが、少なくとも私の場合の実情なのだから。たしかに理想的に言うなら、両方の作業は同時に並行して進められるべきものであろう。しかしいささか弁解じみた物言いにはなるが、ともかく実作品を示さなければという焦慮がわれわれにあったことも事実である。そのようなわけであるから、われわれの作業とは別個に、いやむしろ先行してスぺイン文化に肉薄しておられる方々のすぐれた業績には、まったくもって、掛け値なしの感謝と尊敬の念を抱かざるを得ない。

  ここにほんの一例をあげれば、社会科学的側面からの鋭いオルテガ研究を含んだ折原浩氏の『危機における人間と学問』(一九六九年、未来社)、あるいは画家論であると同時に卓越せるスぺイン文化論でもある堀田善衛氏の『ゴヤ』(本誌連載中)などである。
  「日本におけるスぺイン研究は、確かにまだ紹介と模索の域を大きく越えてはいない。突っこんだ専門的な進入が行なわれていないわけではないが、そうした試みは大学や研究所の紀要誌や報告誌などに散見されるだけであって、一人ないし複数の研究者のまとまった業績集成という形では実現されていない。もっとも研究者の多くが若い世代に属しているから、現在はそれぞれの探索を徐々に深めつつある段階である、というのが実情であろう」。実はこの引用文は、昨年出版されたメネンデス・ピダル著『スぺイン精神史序説』(拙訳、法政大学出版局、一三OO円)に対する佐々木斐夫氏の書評の冒頭の一節である(『日本読書新聞』、昭和四十九年六月十七日号)。氏の非常に寛大かつ好意的な診断の尻馬に乗るわけではないが、実情はその通りであって、徐々にではあるがスぺイン学界の中にも新しい動き、新しい傾向が現れ始めている。
  わが国におけるスぺイン紹介、あるいはこう言ってよければスぺイン学の現状はいまだ明治時代であるというのが、上智大学の神吉敬三氏などのご意見である。もちろんこれは先輩諸氏のすぐれた業績を過少評価しての評言でないことは言うまでもない。その言わんとしていることを忖度させてもらうなら、われわれの前に洋々として開かれている未開の領域に対する一種の覚悟を述べたものと思う。つまり明治時代ということには、初期段階にあるということももちろん含まれているが、過去の積み重ねが少ないにもかかわらず、いやむしろそれゆえにこそ、各研究者が狭い専攻分野に閉じこもることが許されず、総合的かつ多角的にスぺインという対象にもろにぶつからざるをえないという積極的意味がこめられている。

  従来のわが国のスぺイン研究が、純然たる語学教育と実用的な商業スぺイン語に重点が置かれてきたことは否定できない。これを他のヨーロッパ諸国研究あるいはアメリカ研究と比べてみるなら一目瞭然である。永田寛定氏や会田由氏の『ドン・キホーテ』訳などに見られるすぐれた先駆的な文学紹介、いや亡くなられた諸先生ばかりでなく現在活躍中の諸先輩の貴重な業績すべてを勘定に入れても、やはり先の事実の大枠は変わらないであろう。これは外国研究が一度はたどらなければならぬ必然の過程かもしれない。
  しかし前述したごとく、こうした事情もここ数年来わずかながらも変化を見せはじめている。つまり大雑把に、しかしいささか大仰に言ってしまえば、スぺインという国そのものがまるごと関心の対象になってきたということである。あるいは、われわれにとってスぺインとは何かという間題意識が、より鮮明になってきたということである。
  わが国の近代がヨーロッパ近代に触発され、それを模倣し追いつこうとしたものであることは、そこに多少の留保を加えなければならないとしても、しかし否定すべくもない一事実である。しかしそのいうところのヨーロッパ近代とは何であったのか。あるいはそのヨーロッパはそれ自体何であり、その近代とはそれ自体何であったのか。近代とはヨーロッパ型のものしかありえないのか。いまこの難問にまともにぶつかるカも余裕も私にはない。しかし明治以来、われわれが漠然とながらヨーロッパと呼んできたものに含まれるのがどういう国々であったかは簡単に答えることができる。すなわちそれはイギリス、ドイツ、フランス、そしてイタリアである。いずれも近代を形成する三つの柱、すなわちルネサンス、宗教改革、そして革命という三つのRの線上にある国々である。そしてこの三つのRの基底にあるのは、人問理性の全的肯定と合理性に対するしたたかな自信ということであろう。つまりわれわれは明治の開国以来、近代ヨーロッパにもっぱら焦点を合わせてきたわけである。かつてのヨーロッパの覇者、あるいはヨーロッパの廃嫡された長子とも言うべきスぺインがわれわれの視界からすっぽり抜け落ちていたのも当然である。なぜならスぺインはそれら三つのRのいずれに対しても、対抗あるいは抵抗してきた国だからである。スぺインが対抗宗教改革の拠点であったことはその顕著な例証となるであろう。

  ウナムーノは申すまでもなく、スぺインの選良たちがぶつかった最大の問題の一つ、すなわち「スぺイン問題」が、近代ヨーロッパとスぺインの独自性とのあいだの緊迫した関係の問題であったのも当然である。この「スぺイン問題」に関する展望はライン・エントラルゴの研究(橋本一郎、西沢龍生訳『スぺインの理念』所収、新泉社)にまかせて大急ぎでわれわれの視点に戻るなら、われわれにとってスぺインとは何か、という先の問題の地平線上に二つのものが望見される。すなわちわれわれがヨーロッパとして理解してきたものは、実はヨーロッパの中心ではあってもすべてでなく、ヨーロッパを全体としてとらえるにはその辺境に位置する国々、この場合にはスぺインを視界に入れる必要があったのではないかという反省である。もう一つは、明治以来ひたすら近代ヨーロッパあるいはその申し子たるアメリカを模倣しそれに追随してきたわが国にとって、近代そのものに対して執拗な抵抗を続けてきたスぺインの姿努から何かを学ぶことはできないかという期待である。
  前者に関しては、オルテガやその高弟たるディエス・デル・コラール(小島威彦訳『ヨーロッパの略奪』、末来社)にも時おりうかがえるように、スぺインをヨーロッパの精神的岬とみなすことがいささか我田引水的な見方であることは否定できないが、しかしスぺインがヨーロッパを再考するための一つの格好な位置であることだけは確実であろう。ウナムーノやオルテガがドイツをはじめとしてヨーロッパ諸国で高い評価を得ているという事実はこれと無縁ではありえない。たとえばウナムーノの思想に見られる非合理主義というより反合理主義は、デカルトやカント、へーゲルの存在を抜きに考えられないという事実は、その逆もまた真なりという事実を予想させる。もちろんその場合の比較対象の相手はウナムーノでないかもしれないが、ヨーロッパそのものの中にひそむウナムーノ的要素の存在を予想させるのである。なぜならヨーロッパという存在の底部に脈打っているのはまさに多様性の統一という原理だからである。われわれがひたすら近代ヨーロッパに焦点を合わせてきたとするなら、やはりそれは一面的な理解であり、偏頗な受容であったと言わなければならないであろう。

  もう一つの問題もこれと重複するのであるが、ヨーロッパの辺境文化圏に属するスぺインの執拗とも言うべき自国の「存立の問題」へのかかわり方、つまりライン・エントラルゴ流の用語を使うなら、自国の完成の問題でも自国の現状維持の問題でもなく、まさに存すべきか存せざるべきかという存立の問題へのかかわり方を考えるとき、はたしてわれわれにも同じ課題がつきつけられているのではないかという疑問である。あるいは近代に対してわが国とはまったく対照的な姿勢をとったスぺインを考祭の対象とすることによってわが国近代のもしあるとすればその脆弱さ、問題性を従来のものとは異なる視角から照射することができるのではないかという期待である。
  スぺイン思想あるいは広くスぺイン文化一般を考察するとき、われわれは必然的に前述したごときさまざまな問題意識を喚起されるが、それはスぺイン知識人が提起する問題性の連関に自らが組みこまれるという理由のほかに、研究者自身の、ということはさらに広く言って近代日本自体の、存在証明あるいは自己定位の曖昧性、不確かさそのものがえぐり出されるからではなかろうか。
  スぺイン学界(という言葉が妥当なものかどうかは確かでないが)に感じられる新しい傾向とは、以上のような問題意識の上に立った胎動あるいはきざしである。しかし実情はそう大して楽観的なものとは言いがたい。つまり研究者の絶対数の不足と、そしてその少数の研究者相互のあいだの意志の疎通の不足が足枷となっている。だがこの壁を打ち破らなければスぺイン学はついにわが国においてその市民権を獲得できないという状況に立ち至っているということは争えない事実である。
  打開への道として考えられるのは、まず各大学という狭い枠を越えた総合的な研究センター、あるいは情報交換の場の設置であろう。もちろんこれは各研究者の自主性を統制コントロールするものであってはならず、むしろ各研究者の自主性を尊重しその個別研究に裨益するもの、相互的向上にプラスとなるものでなければならないのは言うまでもない。
  これは日本人研究史や相互間のものばかりでなく、わが国に在住するスペイン語圏諸国出身者とのあいだにもはかられねばならぬであろう。

  ところででこのスペイン語圏諸国出身者の存在ということは、従来あまり指摘されてこなかったと思うが、他の外国研究と比べて大きな特色と言える。いま統計的な数字を用意していないが、スぺイン研究においてスぺイン語圏出身者が占める割合は、他の外国研究のそれと比べておそらく最大ではなかろうか。そして彼らのうちの大部分が、聖職者か、あるいはかつてはそうであった人たちである。これをわが国を初めて訪れたスぺイン人がイエズス会士フランシスコ・ザビエルであったことと考え合わせるとき、スぺイン文化のカトリック的要素がいかに甚大であるか、不思議な暗合をさえ感じる。彼らの宗教的信条に賛成するかしないかは別として、これがわがスぺイン学界が有する貴重な財産であることは否定できない。スぺイン本国では一般に反力トリックというより反イエズス会的とみなされているウナムーノやオルテガの紹介に、わが国ではイエズス会士が共訳者あるいは共同編集者として名を連ねているという事実は、考えてみれば実に稀有なというか面白い事実である。
  さて最後になったが橋本一郎著(正確には編訳と言った方が適切だと思うが)『ロマンセ』(二六〇〇円、新泉社)とピダルの『スぺイン精神史序説』にふれておきたい。まず前者が、スぺイン文化、スぺイン思想の奥深くを流れるスぺイン民衆の魂とも言うべき伝承歌謡の初めてのまとまった紹介であり、また後者がスぺイン精神史を流れる二つの力、すなわちコラールの言う「スぺイン史の振子運動」をつくり出す伝統と革新の二つのスぺインの問題を解き明かした作品であることを考えるなら、この二著を、以上舌足らずながら述べてきたスぺイン学界の新しい潮流に加えられた新しい財産と評価することが可能である。この大急ぎの結論はいささか牽強付会の気味はあるが、明治期にあるスぺイン学界の現状と将来への希望をまず述べざるをえなかった事情を酌量されて寛恕願えれば幸いである。

「朝日ジャーナル」
         一九七五年三月十四日号

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