佐々木孝 評論集

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味わい深い相馬弁

相馬弁がこんなにも愛嬌のあるもの、情感のこもったものとはそれまで思ってもみなかった。
 「シルバー人材センター」のおじさんたちの楽しい会話を窓の下に聞くともなしに聞いていたときの嬉しい発見である。我が家の庭は、唯一自慢できる桜の巨木が狭い空間に収まりきれなくなったり、手入れを怠った植物たちで発見前のアンコールワットみたいになってきたので、センターに伐採・剪定などをお願いした。そして作業員の方々の実に手際よい、しかも熟達した仕事振りに心底感心させられたのだが、そのおじさんたちが作業中交わす相馬弁にも新鮮な感動を覚えたのである。

 父も母もそれぞれ出身が中村、小高と共に相馬の人だが、私自身は道産子で、相馬には小学五年の途中から高校三年まで、つごう六年半しか住んでいなかった。とうぜん私の相馬弁は学習されたもの、したがって相馬弁に対しては、よく言えば客観的に、悪く言えば突き放して観察してきたところがある。要するに今まで相馬弁に大して愛着を持たずにきたのである。しかし再度の土着の試みの中で次第に相馬弁に興味を覚えるようになった。俳人豊田君仙子さんの曾孫で今は神奈川県に住むハンドルネームえもすずさんの楽しいホームページ「相馬弁保存会」も大いに刺激となった。
 相馬弁については先日もこんな体験をした。今年の五月から毎月第二土曜の午後二時から、小高町の浮船文化会館で「島尾敏雄を読む会」という集まりをまかされている。先日、テキストに選んだ『いなかぶり』を読んでいて、途中脈絡なく挿入された「オタケ、マンマタケ、オキャク、キタカラ」の意味をつかみかねていると、参加者のひとりA・Mさんから会の後こんなメモをいただいた。「これは稲の穂先に虫の巣の着いたのを手折り、何度もこの言葉を調子よく繰り返し、〈炊けたかなー〉と葉先を引っ張ると小さな虫がたくさん出てきて〈ああ、ごはん炊いたー〉と歓声をあげて遊んだ昭和十七、八年ごろまでの女の子の遊びです」。

 島尾文学を相馬の視点から読み直す、という会の当初からの目的にかなった実に感動的な一瞬だった。A・Mさんのご指摘のいわば引き金になったのは、同じく参加者のひとりY・Eさんがまとめられた実に精緻な研究レポートである。作品中の方言の的確な解釈ばかりか、『砂嘴(さし)の丘にて』の登場人物に関する推理小説ばりの謎解きもある。このままではもったいないので、年度末には参加者全員の論考やら感想やらをまとめ、資料として残したいと考えている。
 そんなこんなで、私の中でいまや相馬弁は大切で近しいものとなった。だいいち、方言をなにか劣ったもの、恥ずかしいものとすること自体がおかしい。確かに標準語は必要だが、それ以上に方言も大切なのだ。方言はいわば呼吸のようなもの、無理なく構えなく、ありのままの自分を素直に表現できる優れものだからである。また先日のおじさんたちの会話から改めて学んだことは、方言も話す人の人格・品性を反映するものだということ。つまり相馬弁を品格ある表現媒体にするもしないも、話し手しだいだということである。豊かな表現力を持ち、しかも味わい深い相馬弁と同時に、標準語をも自在に話せるバイリンガルな若い世代がぜひ育ってほしい。次第に失われつつある相馬弁を早急に集め保存し、それ本来の滋味あふれる言葉として復権されんことを。

『福島民報』「サロン」
二〇〇三年一〇月〇二日掲載分の原稿

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