佐々木孝 評論集

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新しい出会いのかたち

 思うところあって今年も川俣のコスキン祭りに出かけなかった。
十年ぶりかのギックリ腰のせいもあるが、私なりに一つのこだわりがあるから、つまり「見物」ではなく、いつかは「参加」したいと願っているからである。

 昨春辞めた大学でも、その前の静岡の大学でも、学生たちと図ってフォルクローレのクラブを創った。私自身はケーナもチャランゴもできないが、学生たちの中に仲間意識を育て、勉学に弾みをつけ、延いてはその大学に活気をもたらすには、フォルクローレのサークル活動は格好の手段だからである。つまりいい音を出すのはそれなりに難しいが、しかし楽器そのものは比較的廉価なもので間に合うこと、しかしなによりもそれが素朴で温かな感情を呼び覚ます民族音楽だからである。「コンドルは飛んで行く」や「花祭り」のあの哀愁に満ちた旋律はだれしも一度は聞いたはずだし、心の中になにか温かいものを感じたはずである。
 ともあれ、「コスキン・エン・ハポン」はスペイン語圏の文化を学ぶ者、とりわけフォルクローレ愛好者にとっては、ちょうどイスラム教徒にとってのメッカのようなもので(それはちょっと大袈裟だが)、私自身も静岡で創った「ロス・バガブンドス(さすらい人)」や八王子で育てた「ラス・アマポーラス(ひなげしの花)」といつかぜひ川俣に行きたいと熱望していた。残念ながら在職中には果たせなかったが、静岡のグループはその後何回か参加しているようだ。

 さて終の棲家となるはずの我が家での蟄居生活も、はや一年半、静かで快適だし、やらねばならぬことも山積していて、けっして退屈はしていない。また白状すれば、三十年余の教師生活を経てもなお、自分の天職が教師だと思ったこともない。でもいつのまにか教師根性だけは染み付いたのか、若い世代に何かを伝えたいという衝動は消えることがない。
 そんな折、インターネットを通じて、思い切り若い地元の友人二人と出会った。彼らは共にまだ十六歳、私とは五十歳近い年齢差があるが、彼らとの付き合いが実に楽しい。そして彼らがこの先さまざまな夢を持ち、もちろん挫折も経験しながら、なんとか生きるに値する世界を創りあげていけるように、なにかお手伝いすることはないだろうか、と考えている。

 まるで制服のように一様に、Yシャツをズボンからだらしなくひらひら出して歩いている高校生たちを見るとがっかりすることもあるが、でも真剣に、時には無様に自らの未来を切り開こうとしている若者たちの姿は、いつの世にあっても感動的である。この子たちを戦争に駆り出そうなどと考える大人がいるとしたら、たとえそれがどのような大義を振りかざすものであっても決して許してはならぬ、と思う。
 恥ずかしながら、これだけ守れば、あるいはこれだけやれば幸福になれるなどという秘策も処方箋も遺すことはできないかも知れないが、しかしより良き未来を目指して、あらゆる世代、とりわけ若い世代と仲良くスクラムを組んでいけたら、と思う。インターネットが(そしてたとえばフォルクローレのグループ活動が)そのための有力な手段の一つになりうることは間違いない。

 ところで私は三橋美智也の「新相馬節」が大好きだが、でもケーナやサンポーニャやチャランゴを使って、果てしなく広がる相馬の空を歌い上げる仲間がいればな、としきりに思う今日この頃である。


『福島民報 サロン』
二〇〇三年一〇月二三日掲載分の原稿

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