佐々木孝 評論集

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フォルクローレの力(えにしださんの私信からの抜粋)

 「新しい出会いのかたち」というご文章も、読ませていただきました。こちらの方も、お送りくださってありがとうございます。
 フォルクローレというのは、私はほとんど知らないのですが、スペイン由来の楽器がとりこまれた南米の民族音楽というイメージでよろしいのでしょうか?(汗)
 「コンドルは飛んでいく」は有名ですけど、民族音楽は不思議と、どこのものを聴いても、郷愁をそそられるような、切ない感じがしますね。明るいメロディーでも、聴いているときは明るいのですが、あとで切ない印象が残るような気がします。

 実は私、沖縄の三線を習おうかななんて思ったことがあります(笑)
けっこう簡単に弾けるようになるんだそうで、三線教室で1時間も練習すれば、2曲や3曲は演奏できるとか。そういえば、沖縄で米軍相手の土地返還闘争が起こったとき、当初、そのスローガンや闘争についての情報が、ラジオや新聞といったメディアには、まったくのらないのですね。そのとき、思いがけない力を発揮したのは三線にのせて弾き語る各種の「口説」だったそうです。
 阿波根昌鴻さんと行動をともにした野里竹松という方が作って、陳情行進の際などに、三線の素朴なメロディーにのせて語り歩いたとか。それがメディアになって、島ぐるみ闘争に拡大するための大きな力になったそうです。「歌ふ」は「訴ふ」から来ているといいますけど、当時沖縄では、俗謡的なもの、フォークロリックなものが、伝統として息づいていながら、しかも単なる古い伝統だというのではなくて、生きたメディアだったのでしょうね。

  アメリカぬ花ん
  真謝原ぬ花ん
  土頼(ちちたゆ)てぃ咲ちゃる
  花ぬ美(ちゅ)らさ

  貧乏(てぃんす)やぬ庭ん
  金(じんむち)持ぬ庭ん
  選(いら)ばずに咲ちゅる
  花ぬ見事(みぐとぅ)

 「真謝原」というのは伊江島の地名で、アメリカ軍が武力で接収した
土地の一帯を指します。
 陳情団が本島に渡ったときには、上の歌だけでなく、いろんな「口説」が歌われました。

  さてむ世(ゆ)の中 あさましや
  いせに話さば 聞(ち)ちみしょり
  沖縄(うちな)ぅしんか うんにゅきら
  【さても世の中はあさましいこと
  腹の底からお話ししますから聞いてください
  沖縄のみなさんよ、聞いてください】

  黄金(くがに)土地奪(と)ぅらり なまやくぬあわり
  助きやいたぼり 衆人万人(しゅにんまんにん)
  【黄金のような土地を奪われ、ああ今この哀れさ。助けてくださいな、大勢の方々よ。】

  雨降りば むゆい 太陽(てぃだ)照りば 暑(あち)さ
  水(みじ)や泥水(どろみじ)ゆ 飲(ぬ)むる くちさ
  【雨が降れば漏れてくる、太陽が照れば暑い。
  水といえば泥水で、それを飲むしかない苦しさよ】

 これが三線にあわせて歌われると、沖縄の人々の胸にしみ通ったのではないかと思われます。当時、行進を続ける阿波根さんたちも、沖縄の人々も「カンパ」という言葉も知らなかったそうですが、「乞食行進」を続ける伊江島の人たちに、芋をはじめとする食糧の差し入れが途絶えなかったといいます。

 なんだか、話がずれてしまったみたいですね(汗) でも、民族音楽の底にある、日々を生きるということに根ざした訴えの力が、普段は「郷愁」というようなかたちで持続していて、その持続が場合によってはまさに「力」として立ち現れるときがあるみたいですね。こういう力を抽象的に利用しようとする国家仕込みの軍歌とは、明確に水準が違うように感じます。

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