佐々木孝 評論集

パシオン(情熱)とは?

  現代スぺインの文明批評家マダリアーガはイギリス人を行動の民族、フランス人を思考の民族、そしてスぺイン人を情熱の民族と定義したが、確かに「情熱」はスぺイン文化やスぺイン人の本質を解くキーワードであることは間違いない。しかしこの言葉には注意が必要だ。つまりふつうそれは、たとえば闘牛とかフラメンコなどについて言われるように激しい感情など、どちらかと言うと行動的、能動的なものと解されがちだが、しかし語源からも明らかなとおり、第一義的には、キリストの「受難」を意味するなど、むしろ非行動的・受動的なものを指している。そして行動や思考が人間のいわば部分を構成しているのとは違い、情熱は人間の全体にかかわっている。そしてその原理は、「全かしからずんば無」であり、一つの極端からもう―つの極端へと揺れ動いて、両者の中間(中庸)を求めることは稀である。事実、スぺインの歴史は、他民族には考えられないような超活動的時代と、それとは対照的に非活動的な時代とが交互する。ディエス・デル・コラールの言う「スぺイン史は非連続の連続である」という言葉の意味するところもここに起因する。つまり先人たちの達成の上に積み重ねることをいさぎよしとせず、常に海抜0メートルからの出発を好むのである(スぺイン民族のいわゆるアダム主義と言われる傾向)。
  また情熱は、対象と距離を取る、つまり客観視することが不得手で、両者―体あるいは両者末分化の状態を好む。こうした傾向は近代そのものを成り立たせている科学、とりわけ自然科学には不向きで、近代スぺインが他のヨーロッパ諸国と比べて自然科学の分野で大きく後れを取った理由もここにある。
  しかしこうした情熱は、人間を門閥や才能あるいは美醜によってではなく、その存在全体をもって評価するという独特の人間主義を生む原因ともなっている。スぺインを旅する者がいたるところで感じるあの素朴で豊かな人間性、あるいはいささか手垢にまみれた感のある「光と影」という表現のその影の部分も、この情熱が生み出していると言えよう。

(『平凡社大百科事典』の中のスペイン関係項目を集めて一冊にした本への新たな寄稿と思いますが、手元にないので確かめられません)

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