佐々木孝 評論集

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魂のラディカリズム

 明一九八二年は、スぺイン黄金世紀(十六・七世紀)が生んだ偉大な神秘家テレサ・デ・ヘスス(アビラの聖テレジア、一五一五~八二)没後四〇〇年にあたる。実は昨夏、この聖テレサやその良き協力者であったフワン・デ・ラ・クルス(十字架の聖ヨハネ、一五四二~九一)のゆかりの地を、レンタ・カーで訪ね歩いたのであるが、一人の修道女に指摘されるまで、うかつにもそのことに気づかなかった。気づいておれば、旅をさらに意味あるものにするためにあと二年ずらしたのにと思ったが後の祭。それだけならまだしも、白状するなら、この二人の神秘家の作品さえろくに読んでいなかったのだ。スぺイン神秘主義について一書をものするという触れこみで、各地のカルメル会修道院に温かく迎えられ、さらに一宿一飯以上の恩義を受けたのだから、空手形を乱発しながら旅を続けるサギ師の心境になったのもとうぜんである。いや、そればかりではない。こちらは女房と二人の子供まで連れて歩いていた。もっとも、家族連れだったからこそ修道院に泊めてもらったり(もちろん禁域外ではあったが)、きわめて人間的、個人的な好意を示されたのではないかと思えるふしもあるが。
 ともあれ、各地の修道院をたずね歩いて四千五百キロ。後から考えても不思議に思うくらい、毎日ひたすら走り続けた,頭の芯が痛くなるような日差しの中を、聖テレサが一五六九年に建てたといわれるパストラーナの修道院をたずねたときなど、山道を迷いながら何時問も走り続け、やっと訪ねあてたときには、その日の宿りのことを考えてすぐ引き返さなければならなかったようなこともある。
 いわゆる神秘主義そのものに興味を覚えたというわけではない。つまりヨーロッパにおける神秘主義の系譜だとか、その神学的、哲学的、あるいは心理学的、生理学的意味づけなどという学問的関心から興味を持ちはじめたわけではない。ここ数年来、ウナムーノやオルテガなど現代スぺイン思想を自分なりに読み進める過程で、いつも最後にぶつかるのが、スぺイン独特の神秘思想だったという事実がまずあった。ここで言う神秘思想は、かならずしも聖テレサや十字架の聖ヨハネなどの正統的な神秘思想だけではない。文学や芸術や政治や、ともかくあらゆる人間的宮為をつき抜け、あるいは踏み抜いたところに立ちつくす魂の姿とでも言えようか。
  あらゆるスぺイン文化の根底にあるのは、その独特な個人主義と神秘主義であり、その両者はスぺイン的な生の思想に収斂する、というのが私のたどり着いた(と大仰に言うほどのものでないが)結論である。もし人間の生を構成するものが、その個別性と人格性であるとするなら、前者は個別性の根源主義(ラディカリズム)であり、後者は人格性の根源主義、あるいは魂の根源主義である。そして前者を代表するのが、「拙者は自分が何者であるか(ウナムーノ流に読み換えるなら、何者でありたいか)を承知している」と言ったドン・キホーテであり、そして後者を代表するのが、『霊魂の域』の聖デレサであり、『霊魂の暗夜』の十字架の聖ヨハネだと思うのである。
  個人主義の方は、われわれの理解が及ばぬということはない。現実に個人主義を生き抜くことは容易なことではないが、少なくとも心情的にはわれわれの理解の範囲内だ。だが神秘主義となると、とたんに分からなくなる。文章としでは読んでいけるが、しかしこちらに神秘的な体験など薬にしたくとも持ち合わせがない以上、絶えず不分明な闇につつまれざるをえない,
  釣りに興味のない人にとって釣りの本は面白くもないし、コンピューターの仕組みが分からない人にとって、コンピューターの専門書などそれこそちんぷんかんぷんである。興味がなければ敬遠すればよい。敬遠してもどうってことはない。しかし神秘家たちの作品となるとそうはいかない。なぜならそれは趣味の問題ではなく生き方にかかわっているからだ。何が彼らをしてそのように厳しくけわしい道を選ばせたのか、どうも気になる。
  それに、個人主義を徹底して生き抜いた先はどこにたどりつくのか。ドン・キホーテは冒険に継ぐ冒険の日々のある日、憂い顔でふとこうつぶやく。「拙者は自分が努カして征服しているものが何であるのか、いまもって分からない」と。しかしドン・キホーテが気弱になって修道院にこもったらドン・キホーテではなくなるし、聖女テレサが甲冑を身に帯びたら聖女テレサではなくなる。両者はたがいに異なる生き方たからだ。だがこの二つは根底において交錯する。なぜならこれら二つの生の基盤は、その時代的、風土的構造において同一だからである。

  聖テレサが、ドン・キホーテ同様、騎士道小説の大の愛読者だったことは有名である。また彼女は、スぺイン各地に改革派(跣足カルメル会)の修道院を次々と創設していくが、その足跡が遍歴の騎士ドン・キホーテの旅程にほぼ重なるのは、たんなる偶然として片づけることのできない奇しき符合である。つまり彼女は神秘家といっても、修道院の片隅で恍惚となっていたわけではなく、ドン・キホーテと同じ時代精神を呼吸する魂の遍歴の騎士だったのである。聖テレサの作品は近代スぺイン語散文の初まりであり、そのなかば完成と言われる。それだけ自由であるということだ。セルバンテスを生み、この聖テレサを生んだスぺイン黄金世紀のとてつもないエネルギー、その豊穣な精神風土に改めて驚かされる。
  いまも時おり、彼地の修道院のことを思い出す。たとえばグアダラハラ近くのイリエパルの修道院だ。まるで大海原のように眼路はるかに続く黄金色の大麦の刈り跡。通りすぎるものといえば朝夕の二回、一人の牧者と数匹の忠実な犬に導かれた数百頭の羊の群れだけ。そこに二O名ばかりの修道女が、一生外出せず、時おりの訪問客とは黒い鉄の格子越しにしか言葉を交わさずにひっそりと暮らしている。しかし彼女たち以上に明るく朗らかな声、そして彼女たち以上に温かな人間性に出会ったことはない。聖テレサの精神はいまも脈々と伝えられ生きていた。いつ書かれることやら自分でさえあやしくなる「スペイン神秘主義研究」なる一書の完成を祈っている彼女たちのことを考えると内心忸怩たるものがあるが、瓢箪から駒、嘘から出たまことの喩えもあるではないか。


「世界日報」
         一九八一年八月一九日号

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