富士貞房作品集

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修練者

□川を下るインディアン

 そこは薄気味悪いほどの深緑の水が淀みを作っており、深さは見当もつかない。だが長い道のりを歩いたあとで、熱い日差しがそそり立つ崖でさえぎられたその一隅はありがたかった。月一度のエグジトゥス(遠足)でめぼしいところはほとんど行ってしまったが、こんな静かできれいなところがあったとは驚きだ。
 弁当を食べたあと、ぼくたちは川原の石の上に坐ったまま、呆けたように空を見上げていた。そのとき一本の丸太が流れてくるのが見えた。ぼくは急いで服を脱ぎ、パンツ一つになって、淀みでゆっくり向きを変えている丸太のところまで泳いだ。ばた足で丸太を川下に押して行き、浅瀬で二人の友を待つ。彼らは奇声をあげてとんできた。さあインディアンの川下りだ。丸太にまたがって奇声を発することがどうしてこんなに愉快なのか。こみあげてくる笑いでお腹が痛くなるほどだ。手の平を口に当てどこの種族のものとも分からぬ怪しげな喚声をあげているうち、これはイロクォイ族の戦いの雄叫びだということがなぜか確信できた。ぼくたちは感激のあまり涙を流しながら、崖上にいるかも知れぬモホーク族やセニカ族の仲間に友情と団結のメッセージを送りながら、流れの速くなった河面を悠々と下っていった。


□午睡

 黄色に変色した畳の上で緑の木漏れ日が小波を打っている。スータンのまま毛布をお腹の上にのせただけで十分ほどのあわただしいシエスタであった。北側の窓が開け放されているので、二階と同じ高さにある裏山のにわとり小屋の騒音が、夢の中から引き続いて聞こえる。五〇羽ほどいたにわとりも、先日夜中にいたちにやられて半分に減ったが、うるささはひとつも減っていない。ベルが鳴る前に目が覚めたのは鶏の声のせいだと思うが、むりやり起こされたときの不快感はない。夢の中でも鶏の声は背景にあってうるさいなと思ってはいたが、本当にうるさいという感覚はなかったからだ。
 夢の中の鶏たちは、裏山の裾に点在する朝鮮人部落で飼われている鶏たちだった。そしてその家の一軒がわが家だった。そのわが家の縁側に坐ってだれかと激論していたはずだが内容は思い出せず、ただそのときの熱気だけがこめかみのあたりに残っているだけだ。家を捨てたはずなのに夢にまで見るとは、これは本物ではないなと反省しはじめたとき、今度こそ本当にベルが鳴った。
 さて、午後の作業が始まる。今日も丘の斜面の草刈りだ。先日まむしを二匹ばかり見つけた。Sが寸足らずの作業着を着て、体力の消耗をできるだけおさえるポーズをとるにちがいない。たとえば一本足でプール・サイドの金網に身を寄せるなどして。


□へびを殺す

 墓地のある丘はやわらかな土砂から成っており(なるほど中国山系は古い山系なのだ)、ために四方がコンクリートの土砂止めで支えられている。砂地を踏んでその高台に登ると、さすがに近在の景色が展望できるが、しかしその高さもほどほどのものであるため開放感を与えてくれるまでには至っていない。
 陽が照りつける斜面には、ところどころ雑草がへばりつき、まるで赤出しに浮かぶわかめのような違和感をかもし出している。つまりあってもなくてもいい程度に緑色を添えている。
 視界の片隅に何か黒いものが動いているように思い、そちらを向くと、一メートルほどの蛇がコンクリートの下からはい出してきたところだ。いま黒い、と言ったが、正確には青黒い色で、まむしではなく青大将か。しかし邪悪な雰囲気が蛇そのものというより、その周辺からかもし出され、思わず身ぶるいするほどの嫌悪感が体中を駆けめぐる。創世の御業において神はそのすべてを「非常に善し」とみなされたというが、しかしそれならなぜこのように人に恐怖感を与える生き物を造られたのか。もっとも世の中には、こうした爬虫類にも異常な愛着を覚える人もいるわけだから、これはもう好みの問題か。しかしそうは思ってみても、チロチロと舌を出しながら冷たい眼光をあたりに放っているこの生き物からは、どうがんばってみても善性は感じられない。やはりこの世には、人々の憎しみを一身に集める存在も必要ということか。すべてのものの中に善を、一寸の虫にも五分の魂を認めることは、ついには悪そのものを悪とは認めない心の傾きを作り出すのかも知れない。
 断固悪と闘わなければならない。
 青黒い蛇の体が太陽の光を受けてぬめぬめとした光沢を放っている。獲物を消化している最中なのか、体の中ほどがわずかにふくらみ、いかにも憎々しい。そうっと近付いてみる。逃げない。足もとにあった拳大の石を拾う。まだ逃げない。後生だから逃げてくれ!


□垂れ下がる帯

 蛙がやかましく泣いている田んほ道を黒いスータン姿で歩いて行く。下界に降りる機会はめったになく、だから歩いて十五分ほどのところにある町の教会での、聖金曜日の十字架の道行きに参加することは、ちょっぴり恥かしく、またちょっぴり誇らしい気持ちだ。黒いスータン姿で、幅広の帯をきりりと締めて、左の腰から垂らしたその余りが、歩くたびに風に吹かれて翻るのが何とも心地良い。さしあたっては行き交う人もなく、道の上には前に三人、後に三人、ほぼ等間隔に進む黒衣の法師(の卵)たちだけ。蛙の視線はべっちゃりしていて頼りなく、やはり人間の眼差しが欲しい。
 左手は山の端がその黒い稜線を黄色の夕焼け空にくっきりと際立たせ、歩を進めるごとに夕方の嵐が額に心地良く感じられる。幅広の帯が波打ち、スータンの裾がハタハタと音を立てる。
 大斎のため腹はからっぽでさっそうというわけにはいかないが、ハヤカワ・ミステリ文 庫のブラウン神父よりかはいくぶんましな格好、少しはさまになっているに違いない。
 パタパタと急テンポの足音が近付いたと思ったら、後ろからMさんがピタリと真横に並び、無言のままなにやら帯状のものを押しつけてきた。いつのまに落としたんだろう、つい先刻まで視界の左隅にはためいていた帯である。
 いい気になっていたバチが当たった。急いで帯を締め直す。見上げる空にはカラスの孤影。ねぐらを求めて弧を描く。いやカラスは弧を描かない。あれはH市の空をうかがうB29の機影か。すっかり戦争が終わったというのに、まだしつこく飛びまわっているのかも知れない。


□白い標的

 病人搬送のため米軍のヘリコプターが飛来することになったについては、第三修練院で修練中の、もと米軍高官の口ききが決定的だったという話だ。山あいに切り開いた運動場が着陸地点に選ばれた。目標を定めやすいように白いシーツを敷きつめる。風にあおられないように、ぼくたちはシーツの四隅に大きな石を持って立つことになった。H市の方角を見上げると、鉛色の雲のあいだから、時おり午後の日差しがもれている。そのもれた光の下を、ジュラルミンの銀色がだんだんこちらに近付いてくる。パジャマ姿の第三修練院の院長が担架に載せられてやってきた。緑色の髭が担架から長く垂れ下がっている。と思ったら、それはどこでくっつけてきたのか、雑草だ。いや薬草か。
 昨日もこの運動場を、ロザリオをつまぐりながら、いつ死んでもいいと不思議な高揚感にくるまれて何度往復したことだろう。数日前にK市から黙想指導にやってきた、いささかパラノイアックなS神父のプンクタ(黙想要点)がきいていたのだ。いままたキリシタン時代の迫害下に戻ったとして、君たちならどうするかなどというキナ臭い場面設定がかもし出す熱気に煽られてからだが浮遊しはじめていたのだ。
 大きな鷲の形をした影があたりを覆い、風が起こり、土埃が舞い上がった。白いシーツにくるまれたガンジー姿の院長の姿がチラと硬質ガラスの中に見えたように思った。ヘリコプターは、一瞬空中で停止したかに見えた次の瞬間、先ほどたどってきた空の回路をABC病院の方角に轟音と共に去っていった。万歳、永遠の生命よ!


□ネポティズム

 湯舟につかったまま、くもりガラスを通して入ってくるやわらかな夕方の光を見ていると、なぜかはるか昔の時間がよみがえってくる。山奥の祖父母の家の前を流れる川、その岸辺に置かれたドラム缶の風呂。真下ではぜる生木の臭い。足裏の砂の感触。遠くから聞こえてくる名も知らぬ鳥の声。ごぼごぼと音を立てる澄みきった水の流れ。
 しかしのんびりしてはいられぬ。十五分きざみで次々と交代しなければならぬ。
「湯かげんはいかかですか?」
 窓の下からNの声がした。たき木を入れましょうか、と聞いているのだ。やはりあれはNの声だった。先ほど重い木戸を開けて湯気と共に出てきたのがだれだったのか、気にかかっていた。帯の垂らし方がNを連想させたが、はっきり見たわけではないから自信がなかった。廊下の掲示板に貼り出された順番表を三田ときも、視界を限って自分のところだけを見るようにしたから、前後の名は記憶に残っていない。必要以外のものには好奇の目を向けない修錬のたまもの。
 ところで湯舟から出しなに、唐突にネポティズムという言葉が頭に浮かんだ。それと共
に畳の上に細い足を器用に折って(と言って、すべてはスータンの下なので見えないが)講義する院長の、もしも近付けば特有の臭いが鼻をつくであろう禿頭を思い出した。
 仏教の高僧にも時おり見かける、きわめて清潔でありながら、しかもねっとりとからみついてくるような人間臭さ、それがこの神父にもあった。そしてそれは、人間関係の局面ではえこ贔屓という形で現われる、と思われた。初対面から肌が合わない。
 ところがNは、なぜか波長が合っているように思われる。それは相互的なものであり、院長の方からも波長が合うようであった。しかしまた、そり波長は、自然のものではなく作られたものではないかと思われる瞬間もあった。それは二人ともたがいに本当の意味で心を許し合っていないのではないかと思われたからである。
 ところで院長の人間性が奇妙な人間臭さを露出させるのは、ぼくたちが風呂の時間が来たことを院長室まで告げに行くときだ。なぜか彼は、ぼくたちの順番の中に自分の順番を割りこませる。院長用に別枠の時間を定めないことで、平等感をかもし出そうと努力しているのだろうか。

 さて今日は、不運にもぼくのすぐ後が院長。湯気がまとわりつくからだに大急ぎでスータンをはおり、帯のしめ具合を直しながら、てかてかに磨き上げられた廊下を小走りに院長室まで。ドアをノックする。
「お風呂の時間です」
 部屋の中からくぐもった声が答える。
 ところでネポティズムというのは、このときの院長の声の調子から、というか、ドアの外に立つ人に応じて微妙に異なる声の調子から連想された言葉であることを白状しなければならない。


「青銅時代」、第二十七号、一九八四年

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