富士貞房作品集

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途上

□火の見の塔

 月が明るい夜というものは星がない夜ということだ。そんな分かりきったことが不思議な感動を人に起こさせるということは、考えてみればそれこそ不思議なことなのだ。そして月の光を浴びて一晩中歩きまわってみたいという激しい欲求を感じても、いざそれを実行に移すことなどないということ、それはそれで人間の限界を示す微笑ましい現象であって、とりたててとがむべきことでもあるまい。
 私は、そんな月夜のある晩、こたつの中で窓の外をちらちらと気にしながら眺め、眺めているうちにそこに友人の、実に気のおけない飲み友だちの顔を見いだし、にっこり笑って家を抜け出すきっかけをつかんだのである。友人は役所づとめで、しがない安月給とりで、それにしては真新しい自転車に乗り、ハンドルのところに申し訳のように弁当箱をさげている。私はと言えば、その安月給さえもらえない、まったくの自由業者で、だから腰弁をさげる必要がない。さげる必要がないということは一見格好のいいことではあるが、また一方、そこはかとない淋しさを覚える事実で、したがって、月影の中を歩みながら、ちらちらと弁当箱の方に羨望の眼を向けるのである。まるで雪が白く積もったかのように家々の甍は小気味のいいほど白々と光り、電線の五線譜を見上げれば、そこには音もなくノクタアンが奏でられるという寸法だ。
 月の光の親和力、これは実に不可思議な力で、いや引力で、道行く人をかたっぱしから抱きしめてやりたいとさえ思えてくるのだが、だが残念なことにまことに品行方正なこの町の住人には、夜中理由もなく浮かれ歩く人など一人もいないのである。歩いているのは儚い陶酔を求めてこそこそと、あるいは千鳥足で、あるいは英雄の気分を出して大胆に、夜の街を彷徨するバッカスの徒である。バッカスの徒同士は暗黙の裡に誓約をとりかわしているので、声をかけ合ったり肩をたたき合ったりすることはめったにない。黙契、すなわち互いに相手の陶酔に水をささないということ、は実に厳しい掟なのだ。これを破るような奴は一夜にして、バッカスの徒としてのあらゆる権利を剥奪されること、これは火を見るより明らかなことである。現にこの私自身、先日そのような剥奪の現場にぶつかったものだ。もう一度言うが、これは実に厳粛なもので、荘厳な儀式と言ってもよかろうかと思う。

 違反者は同志によってただちに町はずれのG丘に呼びだされ、そこにある火の見の塔から、遠くちかちかと光る町の灯を見ながら、ノミマセーン、モウノミマセーン、と叫ばなければならない。はじめは不貞くされた声でいやいや叫んでいる声が、いつの間にか涙声に変わるのは、実に感激的な場面である。下から見守っている同志も、いつしか両眼に、片眼のやつは片眼に、涙がにじみ出てきて、最後は被処罰者、処罰者声を合わせての一大合唱となること、これは至極当然な自然の成り行きと思える。
 君はかつて聞いたことがないであろうか、それも月夜の晩にかぎる、遠いはるかな丘の上から、ノミマセーン、モウノミマセーン、という犬の遠吠のような物悲しい合唱を。
 ところがこれには立派な抜け道があるのだ。というのは、違反したのは掟を破って同志に親愛の情を示したこと、また悔悟の涙のうちに叫んだのはもう飲みませんという言葉だけであって、処罰自体が支離滅裂なものだということだ。だから、もう飲みません、という誓いの言葉は効力を持たず、したがってこれを守る義務などないということである。だから君は、次の夜も相も変らず夜の街を彷徨する件の違反者の姿を見かけるという次第である。
 私がこの抜け道を知ったときは、もちろん悲憤慷慨したものである。これでは法は無視され、権威がふみにじられたも同然ではないのかと。でも、悲憤慷慨しながらも、いつの間にか両眼が涙で曇ってきたのである。悲憤は同情となり、同情はついに愛情へと変ってしまったのである。
 さて今夜も月の明るい晩だ。こたつにあたりながら、私はいつものように友の顔が窓ガラスにぼんやり浮かび出るのを一刻千秋の思いで待っている。君も耳をすませてみたまえ。今晩もあの懐かしいG丘の方から、悲しいバッカス哀歌が聞こえてきそうだから。


□ある発見

 十年の間隔を置いてこの町に舞い戻ってきたとき、私はごく自然に、なぜならここは私が生い育った町だから、この町に融けこめるものと素朴に信じていた。だからあるときこの町の若者たち、いや若者たちだけでなく老若男女のすべてが、私の方をなにか胡散臭そうに眺めているのに気づいたときは、実にびっくりしあわてたものだ。十年間も故郷を離れていたことは私が悪かった。しかしそれも、あれやこれやの事情で致し方のないことではなかったのか。べつだん私は、この町に帰ってきてやったなどと恩着せがましい気持ちなどこれっぽっちも持っていないのだ。と言って、どうか私を、この都落ちの哀れな書生あがりを、なにとぞ受け入れてください、などと卑屈な態度はとらなかったはずだ。なぜって、ここは私の町、いやこの私も一員であるわれわれの町なのだから、その私が節度もなくだ、平身低頭するなんてことは、町の住人に対して礼を失することではないのか。  
 でも、あらゆるところに誤解や行き違いというものはあるものだ。さて私の誤解が氷解したのは、ひょんな機会にひょんな処でであった 。                  
 ある日、それは寒い日であった。都からようようのことでなにがしかの金子がとどいたので、私はひとつこの機会にセーターでも買おうと思って町に出かけたのである。人口の割りに洋服屋が多い町なので、どこにしようかと大いに迷い、白状すると三回ほど駅前通りを行ったり来たりしたものだ。しかしついに街のほぼ中央にあたる所に、ほどよく奥まった、つまりほどよく奥まったと感じられる、つつましそうな店舗を見いだし、私はつかつかと店内に入って行った。
 近ごろのセーターはすべて派手なものとばかり思っていた私は、陳列されているセーターを見ているうちに驚くべき一事を発見した。セーターはすべて黒一色、それに形もみな一様にトックリ型なのだ。私ははたと当惑した。トックリなどいかにもものぐさで田舎じみた感じがし、その上、首を通すときのあの絶望的な感触が思いやられたからだ。しかしおばちゃん然としたこの店の売子は、そんな私の当惑を意に介さず、さっさと私のサイズのものを選り分けてしまった。
 「これを着てみなさい、あなたにこれがピッタリです」そう言われればそんな気もし、私は大きな姿見の中で前を向いたり横を向いたりしたあげく、他の型のセーターもないことだからして、それを買うことに決めた。お金を払う段になって、表示価格の通りのお金をポケットから取り出したが、驚くではないか、この売子さん決して私の金を受けとろうとはしないのである。「あれっどうして。私は立派に、ほれここにお金を持っているのですが」女は私の顔をまじまじとそれこそ穴のあくほど見つめていたかと思うと、はらりと涙を落とし、それを手の甲でていねいにぬぐうと、こう言ったのだ。「なんであなたからお金を受けとれましょう。あなたが今日、ようやく正式の町民になる決心をつけなすったというのに、なんで私がお金を受けとれましょう。このセーターが擦り切れて他のセーターが必要になったとき、どうかそのときまともにお金を払ってくださいまし」
 私の眼はどこを見ていたのだろう。店から出てーー内実が分かったので私は店の中でトックリに着かえていたのだがーー往来を歩くと、なるほど町人はみんな、男も女も、黒いトックリセーターを着ているのだ。制服、そう一種の制服と言ってもよかった。女は女なりに少し工夫をこらして、たとえば胸のところに木の葉型のブローチをつけたり、若者は若者なりに小意気に腕まくりなどして、みんな幸福そうにトックリを着ているのだ。


□物騒な散歩

 私の散歩道は、人に説明して聞かせるほどはっきり定まった道筋をとらない。これは私の現在の心境にかなったやり方で、その時その時の心の傾きに合わせて、適当に、いやそれなりの法則に従って歩くことにしている。                    
 ところで、こんな気ままなひとり歩きは、町の住人にはまるで剣呑な危険思想のように見えるらしい。田舎の人は散歩などしないものだ、という事実に、私はこの町に住みついてはじめて気がついた。生活そのものがまるで悠長で、したがってことさらぶらついてみようなどという物好きな了見は起こさないものと見える。

だから、ぶらぶら歩きの気ままな散歩などというものは、いかにも見てくれの行為に見え、したがって散歩はひとつの危険思想の表明と化してしまうらしい。余剰なことはすべて邪悪な思想の形をとりはじめる。だから私も、人影の見えるところでは、つとめて急ぎ足に、なにか目的地に一刻でも早く着こうと努めている人のように歩くことにした。そうでもしなければ、なにか物騒な下心を持っているかのように見られてしまうからだ。まるで歩みの遅いのは、コートの下にダイナマイトでも隠し持っているかのように誤解されてしまうからである。これは別に私の被害妄想のしからしめるところではない。事実、私はある時、街角で巡査につかまって尋問を受けたことがあるのだ。
「おいおい、お前はどこに行きつつあるのか」丸っこい顔にまん丸い鉄縁の眼鏡をかけた巡査が、夕暮れの街角で私に声をかけた。おい、などといういかにも時代感覚のずれた呼びかけに、私は一瞬きっとして巡査の顔を睨み附けたが、でもまん丸い眼鏡の中の人の好さそうなまん丸い眼を見ているうち、悪いのはひとえに私、という気持が胸をつき、私はこの男からなら死刑の宣告を受けても当然だし、極刑にも甘んじようと覚悟した。でもそ時は幸いに、十姉妹の餌を買うという申し分のない用務を帯びていたので、きわめてすらすらと申し開きができたわけだ。あまりにあっさりと解放されたので、なんだか物足りないとさえ思ったくらいである。
 それ以後、散歩は人影の絶えた郊外でやるものと合点した。


□パースベクティブ

 「蜘蛛のように、自分の行動半径が画然としているやつは、ほっとしているだろうなあ」私はそう呟いてみるが、呟いてみてどうにかなるということもないので、すぐ口をつぐんでしまう。しかしつぐんでしまっても、またどうとかなることでもないと思い到り、やおら立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりする。それでも足りなくて縁側に出て、わずかだが行動半径を広げてみる。窓から見える、低いがそれでも山には違いない地殻のうねりを視界のはじにとらえ、そこをひとつの限界点に見たてて、さて今度はその対蹠点を見つけなければならない。それで私は物干し台から屋根に上ることにした。
 山の中でもいちばん高いやつの天辺をA点、私の今立っている屋根の上をB点、このB点を通って真っ直ぐ線を引き、AB間と等距離の地点をC点とし、AC間を直径とする円周の中にすっぽりと収まりたいのだが……だがC点を求むべき地点は生憎と海の上になりそうだ。がっかりして私は屋根から下り、物干し台の上に大の字に寝ころんだ。雲が流れている。いや、流れているのはやっぱりこちらとしか思えない。ぐるぐるぐるぐる廻ってる。そこで私はまたもや思索を続ける。行動半径を平面に限るのは、いかにもみみっちい話ではないか。どうして上を、空を考えなかったのだろう。そこで私は両腕をVの字型に上に向けて広げる。決まった、私の行動半径は両腕に入ってきた全空間だ、私は逆円錐形のとんがりということになるわけだ。私は突然愉悦感がこみあげ、腹部が苦しいほど波打った。これはまずい、またいつかのようにしゃっくりの前兆かな、と思っているうち、どうにも抑制がきかなくなり、まるで腹部が勝手な意思を持ちはじめたようなのだ。だがしゃっくりの時のように変な胸苦しさはなく、かえってある快感を伴ってきたのは不思議だ。蠕動はなおもしばらく続き、私は腕ばかりか両足も空に向かってあげ、さらにあげ、さらに首を起こすようにして、円錐の頂点が文字通り一点になるよう努めてみた。するとどういう風の吹きまわしか、時ならぬ南風が私のからだを煽るように吹き、見よ、私は今や完璧な円錐形に変化した。


□飛翔の術

 まだ雪があちこちに残っている土手の上を行くと、右側に、川に覆いかぶさるように大きな樹が群れをなして生い繁り、その繁みの中から、がさがさと葉ずれの音がして一人の少年がひょいと土手に下りてきた。と見るまに、少年はまた吸い上げられるように飛び上り、繁みの中に見えなくなってしまった。暗がりの中をのぞいてみると、ボタンのちぎれた学校服の色の黒い少年が、きわめて厳粛な面特で一本の枝につかまっている。ターザンの真似か。いや近ごろターザンなどはやらぬ時代だから、少年はだれの真似をしているのでもなく、きわめて独創的にこの飛翔の術を編み出したに違いない。私は笑いかけてみたが、少年はにこりともしないで、早く行ってくれないかなあ、といった顔で見下している。私はとんだ邪魔者だったことに気づき、少年をこれ以上わずらわさないことに決め、急ぎ足でその場を去った。
 それから私はぬかるみが残る畦道を、爪先を立てて注意深くゆっくりと歩き、広々とした畑の中で大きな切り株を鍬で掘り起こしている農夫の後ろ姿を丹念に眺め、夕陽の中を塒に帰って行く鳥の影を仰ぎ、ポケットから一本の煙草を抜き取ってスパスパと味わいながら吸い、梨畑の傍をぼんやりと過ぎ、ほど良い時間が過ぎたことを腕時計で確かめ、やっと 先ほどの土手に帰ってきた。やはり少年は夕餉の整った囲炉裏端に帰っていた 。
 私は土手を下りてやぶの中にわけ入り、先ほどの大きな樹の下にたどりつき、少年のつかんでいた枝を見つけた。私は嬉しさがこみ上げ、急に身軽になり、枝をわさわさ揺り動かしてぶら下り、反動をつけてえいっとばかり土手の方に身を投げた。すると私に似た一人の男が、くわえ煙草の憤然とした恰好で私の鼻先に立っているのだ。私はすっかりどぎまぎしてしまい、と言って急に身を隠すこともできず、空中を振りまわされながら、ワーオワーオーと叫ぶことにした。


□橋の上の対話

 時代からとり残されたような吊橋の上から下をのぞくと、流れはそこだけ深く蒼く淀んでいる。あたりは夕闇がせまっているのに、橋の上は不思議な明るさが感じられ、私はじっとそのままそこに立ちつくしていたいと思ったほどだ。欄干から身を乗り出してさらに下をのぞいているうち、見たことのないような、それでいて見たことのあるような、そんなとりとめもない、しかも強い意志を漲らせた一人の男の姿が水面に現れた。会話の口火を切ったのはもちろん男の方である。
 「どうした、疲れているようだな。しっかりとした方針がないからだな」
 「見も知らぬお前さんから(いや、そうとは言い切れない、ほら、男はにやりと笑った)そんな説教を聞くとは思いもよらなかった。ばくは別に疲れてなんかいません、ただ……」
 「ただなんだ?」
 「ただ運動不足の気味なんです。だからこうして毎日散歩に出るのです」 「結構なご身分だと思うよ。ところで身分で思い出したんだが、お前はもと僧職にあったというじゃないか」
 「だれからそれを? いや、つまらぬ詮索はやめておきます。でも正確に言うなら、僧職への途上にあった、ということなんです」
 「さあ、それで正確と言えるかな。卵は卵でも、いや待てよ、もうひよこの段階だったんだろう、だったらやっぱりやがては坊主鳥になるのが定めだったんじゃないか。別に恥ずかしがる必要はないさ」                        
 「そう、別に恥ずかしがることはないんです(しかし一体だれに、だれに対して恥ずかしがらなくてもいいんだろう?)。ぼく、さわやかですよ、とっても」
 「そりゃそれでいいのさ。まあ、せいぜい愉快に暮らしていけよな。人並にな」

 男はそこでにやりと笑った。先ほどのにやりより、さらにいびつなにやりだった。この男、さては俺の内心を見透かしたかな、と一瞬びくっとしたが、自分自身でも分からない内心がどうして他人に分かるはずがあろう、と思い直した。しかしそうは言っても、無気味さは深まるばかりで、欄干につかまっている両腕がわなわなと震えだした。
 「神学の先生も、ぼくの還俗は神学的に見ても妥当なものだと言ってました!」
 自分でも見当のつかぬ深みで織られている論理の糸を、私は考えもなくつかみ出して男にぶつけたらしい。なぜなら、男は別に妥当性うんぬんなどおくびにも出さなかったではないか。しまったと思い、男の顔をうかがったら、男は今度は憐れむような悲しい表情を見せた。そしてほとんど聞き取れないほどの小声でつぶやいた。
 「第一、お前さん自身、その神学とやらを信じていないじゃないか」
 それを聞くと私は突然不快悲しみに襲われ、ついで大粒の涙がはらはらとこぼれ落ちた。それが男の顔に当たり、男の顔もくしゃくしゃにすがんだ。男も泣いているかと見えた。私はたまらなくなり、欄干から身をもぎ話すと、橋が大きく揺れるのもかまわず一散に駆け出した。


『青銅時代』、第二十一号
                 昭和五十三年

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